現在、OT室は、お仕事部屋と、フリースクール部屋に分かれています。
写真は、お仕事の部屋の様子。
パソコンのモニタが見やすいように調整してあります。
何度もいいますが、一応、作業療法室です。。(>_<)
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第2回目は、実地研修。
しっかりと、観ることがテーマです。
いろんなもの観察することが大切です。
今回は、みんなの作業風景を観察して、どんなことに気づくのか体験です。
OT:「例えば、Aくんは、車いすを足で漕いでいるけど、なにか気 づくことない?」
あみ:「うーーーーーーーーーーん。(>_<)」
「身体が揺れてる。」
OT:「そう!両足を振り上げると、身体は後ろにいって、膝を曲げ て前に進もうとするときは、身体を前にやっているね。」
「それが、なぜなのか?」
「どう考えたらいいと思う?」
「一つは、比較をする。別な方法をとってもらって、検証する んだ。」
--------- 省略 --------
OT:「ところで、みんなの車いす。コントローラのところがスイン グするでしょ。」
「なんでだと思う?」
あみ:「机に入りやすいように?」
OT:「そう。でもね。この今仙の車いす標準でどうなっているか、 メーカーのHPでカタログをみてごらん?」
あみ:「あー。まっすぐだー。」
OT:「そうなんだよ。ここでの生活にあわせてカスタマイズしてあ るんだけど、みんながスイング式だから、ついつい、これが あたりまえって思うよね。でも、違うことがいろいろとあ る。」
「あたりまえを科学するのが、福祉機器の勉強なんだよ。」
急遽、本日よりはじまった。福祉機器勉強会!
第1回目は、
福祉機器勉強といっても、いったいなにから勉強したらよいの?
そんな福祉機器勉強1年目の『あみ』ちゃんと学ぼう講座の始まりです!
本日は、福祉機器とはなんなのか?
福祉機器を考える、第一歩のコツを整理します。
本日の学んだ話は、
ICIDHとICF
:福祉機器と、何かしらの困難さがどのような関連になっていくのか?とくに、ICFの話は、今後福祉機器を取り扱っていく上でとても大切なもの、しっかり覚えてもらいました。
またもう一つのコツは、活動分析。
例えば。。。
OT:「脳梗塞で片麻痺の方、右手が使えないで、包丁でじゃがいも の皮をむくときどうしたらいいと思う?」
あみ:「うーーん。濡れたぞうきんでずれないようにするとか?」
OT:「お!いい線いっているねー。」
「その通り、そのほかにも、まな板に釘のついた道具ってみた ことある?」
あみ:「ある!」
OT:「そう。こんなふうに、考えていくと、そこに対する共通点が みえてくる!」
あみ:「固定?」
OT:「そう。そんなふうに、一つの方法だけではなく、いろんな方 法の共通点をみていくことで、そのものの特徴がみえてく る。」
こんな調子で、はじまった勉強会。
福祉機器の教科書をつかって、1から10までの知識を覚えていくことも大切ですが、自分の実になる知識になっていくことも大事なことです。しばらくは、火曜日と金曜日に継続していきます。
タイトル:ドキュメンタリードラマ
まばたきで”あいしています”
~ 巻子の言霊(ことだま)~
放送日:2012年9月2日(日)22:00~23:00
NHK BSプレミアム プレミアムドラマ
(再放送 9月9日(日) 12:00~13:00)
http://ameblo.jp/mitsuharu-matsuo/entry-11323823069.html
突然ですが、野球大好き『タバタ』くんの一押しスポーツ記事の連載が始まります。
へーって、うならせる記事を書いてきますので、よろしければ感想などをいただけたら嬉しいです。
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ただいま、熱い戦いが連日繰り広げられている甲子園。いろいろなドラマがあるのでしょうが、その一つ。甲子園の砂を持ち帰る習慣はいつから、どうしてなの?を調べてみました。
始まりは、戦前の1937年の夏の甲子園で(当時中等野球優勝大会と呼ばれていた)熊本工が決勝戦で負けたのがきっかけで、それ以来、高校球児が甲子園の土を持って帰るようになったそうです。
甲子園の砂のエピソードといえば、首里高校の件。
沖縄は、第2世界大戦の1945年の8月15日の終戦した日から1972年の5月16日に日本の本土に沖縄が復帰するまで、米国の統治下におかれていたため、戦後初めて沖縄県勢の高校で初めて、1958年の夏の甲子園に出場した首里は、1回戦で敦賀(福井)対戦して3対0で負けて初戦敗退で、沖縄に帰る途中で甲子園から首里高校のナインが持ち帰えた土は、当時沖縄は米国の統治下にあっために沖縄に帰る途中の船の中で税関の検疫のチェックを受けて、甲子園の土の中に危険物や危険な菌が入っている可能性もあるので、甲子園の土は無情に海に捨てられて、首里高校のナインは故郷の沖縄に甲子園の土は残念ながら持ち帰ることできませんでした。
この当時は沖縄から旅行するのと、旅行に行くのも
パスポートが必要だったみたいです。
日本に復帰した今でも沖縄に米軍基地があり、沖縄の高校球児は米軍の戦闘機の飛行訓練の騒音と低飛行が危なくて、いつ飛行訓練中の戦闘機が落ちてこないか心配の中リトルリーグ時代から練習をしてるので、沖縄の高校球児は苦労してるのだろなと思います。
2004年の夏の甲子園で、北海道勢として初優勝した時の
駒大苫小牧のキヤプテンの佐々木孝介現駒大苫小牧野球部
監督に甲子園に出場した時に、甲子園の土を持ち帰えてき
のか話を聞いてみました。
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僕は全国制覇して甲子園の土を持ち帰ってきていません。
もちろん2年生の時に倉敷工業に負けたときも、来年必ず
甲子園で借りを返すと思っていたので土は持ち帰りません
でしたが、全国制覇した時も土は持って帰りませんでした。
また自分が指導者として甲子園戻ってくることを考えると
ここが終着点ではないと思っていました。
ただ、優勝した後観客が誰もいない時に2・3年生は特別
に全員入れてもらい持って帰っていいぞと言われ誰が持っ
て行ったのか定かではありません。
参考にならないかもしれませんが回答致しました。あり
がとうございました!
『つとむ』くんからの依頼で、任天堂3DSを工夫中です。
てこなどを使う方法もあるようですが、今回は、ボタンも固いとのことで、直接基盤から、物理改造をすることにしました。
さて、スライドパッドというものがついているのですが、
スイッチをつかって、前後左右というように、動かすこともできますし、アナログジョイスティックにとりつけることもできそうです。
リコーダーを自動演奏できる“RePRo”というものを見つけました。
これでコレスペ演奏会もできそうですね!(^o^)
くぼっちといずみくんの最近の様子を紹介します。
くぼっちさんは車いすに筆を取り付けて新しい部屋の看板作りをしています。上手く塗れたかな。。。
いずみくんはがっきー先生からアニメーションの作り方を教わりました。
ふたりとの徐々に形になってきて完成が楽しみですね。